台所俳句

明治~昭和初期の女性たちは今ほど自由にどこにでも行けるわけではありませんでした。

でも、俳句は自分を表現する大事なツールでした。

だから、彼女たちはいつも見ている風景、いつもしている家事を通して俳句を作ったのです。
それが台所俳句と呼ばれます。

「題材はどこにでもある」

現代のわれわれも、ついつい忙しい、面倒、大変・・・・
いろいろな言い訳をしますが、
どこでも、なんでも、やろうと思えばやれるのです。

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俳句と人の視点

何人かで句を作ってみるとよくわかりますが、
同じものを見て作っても、
出来上がった句は見ているところが全然違います。

同じテーブルの上の花瓶を見ても
花びらに着目している人、
テーブルまで観ている人、
花を人にたとえる人、
さまざまです。

「部下が全然話を聞かない」というのは、
聞いていないのではなく、見ている視点が違うのです。

ですから、伝える側も「花びらに着目して」と
具体的に伝えるべきなのです。

 

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俳句とイメージ力

ニュースを聞いていると、「なんでこんなことしたんだろう」
と思う事件が起こったりします。

犯人は、「これをやったらその先どうなるか」という
イメージ力が弱いんだと思います。

あるいは、人の気持ちがわからないというのも
「その人だったらどう感じるだろう」が
イメージできないからです。

俳句は、自分で見てきた景色を思い起こして
作ることもあるし、
人の句を見てどんな情景か想像することもあります。

イメージ力をつけるのに、俳句はとてもいいツールです。

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季語がかぶらないように

句会をやると何百という句が出されます。
その中で、自分の句が選ばれるようにするには、
季語がかぶらないようにするのも1つの手です。

そこで人とはちょっと違う視点を見つける
アイディア力が養われるとともに、
かぶらないようにする「思いやり」
も生まれます。

かぶらないようにするということは、
他の人の句を尊重することであり、
無駄な戦いをなくすことでもあります。

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17という数字

聖徳太子が17条の憲法を発布したのは今の暦に直すと
5月6日だったらしいです。

5月6日に生まれた私は、17文字にはまっています。
5月6日と17って何か関係があるのかもしれません。

そんな風にちょっとスピリチュアルテイストにすると、
俳句も興味がわいてきませんか。

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